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- エッセー作品「ヒガンバナ」小林澄江さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第7期最終回のテーマは「聞いて聞いて」。小林澄江さんの作品「ヒガンバナ」と山本さんの講評です。
ヒガンバナ
彼岸花には黒ゴマを4粒並べたような立派な蟻が3匹。よほど美味しい蜜なのだろう、権威を保ちながら吸っている。その足元では100匹はいるだろうか、働きアリが、ガリバーの世界のように皆でミミズを運んでいる。
大事な友人を持っていた。
夜しか鍵を掛けない開けっぴろげな我が家にピンポンもせずにズカズカ入ってくるひとだった。
すべてがオープンな関係は心地よく、子どもの遠足を追いかけてこっそり中禅寺湖に行ったり。「肉まんを食べに行こう」と夜半に大黒ふ頭まで車を走らせたり。面白いことを探しては笑った。
私の窮状には「こばやし、がんばれ、がんばれ」と必死に励ましてくれた。彼女の「がんばれ」は幼き日の父の頭ポンポンと同じくらい優しく安心させてくれるものだった。
そんな彼女がしばらくして病に倒れた。
当時離婚を経て仕事に追われていた私は、時折病室を訪ねてもさほどのこととは感じないバカだった。
ある日仕事の合間に病室に顔を出すと、酸素マスクを付けて横向きに体を屈ませていた。
「こばやし、息をするのも大変になっちまったよ」
それが彼女の声を聞く最後になるなんて露ほど思わぬ私は本当のバカだった。
彼女の娘から電話をもらって病院に駆けつけると、彼女は苦しそうにヒッヒッと顎を上下させていた。彼女の娘は「昨日からあんな感じだけど、もう脳がダメみたいで痛みは感じないらしいから」と静かに言った。半年前には余命宣告されていたらしい。
私は驚き、泣き叫ぶ。
「一緒にハワイに行くって言ったじゃない。頑張って、頑張って」
そればかりをくり返した。
すると彼女が首を横に振ったのだ。
私の声が聞こえている。
脳はダメになっていない。
2日間もこんなに苦しんでいる。
こんなにこんなに苦しんでいる。
しばらくして彼女は息を引き取った。
満開の三春の滝桜は一緒に眺めた。権現堂堤の桜と菜の花も毎年見に行った。でも巾着田の彼岸花はとうとう見に行けなかった。
亡くなった年、秋の始まりに巾着田に出かけた。満開壮観の彼岸花を目にしたとき、彼女が隣で「こばやし、きれいだなぁ」と顔をしわだらけにして笑っている気がした。
彼女が大好きだった四里餅を買って、帰りに墓前に供えた。
彼岸花を見ると彼女を思い出す。
私がしてもらったことに比べて、私が彼女のためにしたことはかなり少ない。
長野への車中に見た松林で「こばやし、秋になったら松茸採りにくるべ」と話したことや「烏骨鶏を飼って卵産ませて小遣い稼ぐか」とか彼女と笑い転げて話したあれこれを彼岸花は私に思い出させる。
会いたいよ。
山本ふみこさんからひとこと
この作品に登場するご友人が、よろこんでおられるような気がして、なりません。
「こばやし、なんだよ、わたしのことを書いたりして」
と云って。
この世とあの世に分かれた大切なひとのことを書くのは、なかなかにむつかしい。想いがつよいだけに、距離感がつかみにくくなるからです。
気持ちはわかるけれども、読み手としてつきあいきれなくなる、そんなことが起こらないとも限りません。
「ヒガンバナ」はあふれる想いを抑えて、できるだけ客観的に、興奮しないよう自らを戒めて書かれています。だからこそ、ご友人も(たぶん)、読み手のわたしも安心して読むのです。
ところでひとつ、結びについて考えてみましょう。
会いたいよ。
ここでわたしは迷いました。
青ペンで「トル」とやりかけました。
しかし、「トル」とはできなかった……。あってもいいのではないかと思って、残しました。
ただし、これがなくても、この想いはあらわれています。ないほうが、伝わる、かもしれません。そこを、書き手として考えてみたいのです。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次期通信制8期の作品は5月から順次ハルメク365で公開予定です。(募集は終了しております。ご了承ください。)
8期も引き続きどうぞお楽しみに!
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